マカゼタマハの世界
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銀杏坂(6)
「高橋君、何をしているのこんな所で」
遠くから自分を呼びかける声に、伸治はグイっと肩をつかまれて引き戻される錯覚を起こした。すると目の前の光景が一変した。
雨降りの事故現場ではなく、ここはとっぷりと日の暮れた銀杏坂だった。さみしい坂道の中で、街灯の光がぽつんと灯っている。
「ちょっとどうしたの? 大丈夫? 目がうつろだよ?」
聞き覚えのある声に、伸治は振り返った。そこには委員長の石川美由紀がいた。伸治の顔を心配そうにのぞき込んでいる。
「オヤジの……」
伸治は何か言いたかったが、これだけ言うのが精一杯だった。
「ああ、そういえば今日は高橋君のお父さんの命日ね。それでこの場所に来てたのね。事故からずいぶんたつけど、まるでついこの間のようね。わたしあの日のことは今でもはっきり覚えているわ。雨降りの日だった……」
つぶやくような美由紀の言葉に、伸治は顔を上げた。そう、彼女は事故現場の一番近くにいたのだ。そして彼女の姉は……。
「お前のお姉さんは……」
「そうね、今日は姉の命日でもあるわ。もしかして、姉の分もお祈りしてくれてたの? ありがとうね。わたしも家帰ったら、お花供えようと思っていたところよ。今学校帰りだから」
そう言うと美由紀はカバンを持ち上げて伸治に見せた。
「もちろんあなたのお父さんの分もお花供えるつもりよ」
美由紀は屈託のない笑顔で言ってのけた。伸治にとってそのひとことはとてつもなく重く聞こえた。
「もしかして毎年俺のオヤジにも花を?」
「ええ、そうよ」
「だって、お前には関係ない……。オヤジは加害者なのに」
「関係あるわよ。確かに姉はあの日の事故で死んだけど、あなたのお父さんだって大変なことに……。それ以上にあなたのお母さんや、あなた自身だって大変だったでしょう? 事故で家族を亡くしたのもつらいけど、あんな亡くなりかたをする方がもっとつらいでしょう? だから、わたしよりも高橋君の方がえらいと思うわ。いつも明るくふるまっていて。だからわたしも高橋君を見習って、暗くならないでいようと決めたのよ」
伸治は首を振りたい気分だった。知らなかったのだ。父親があんな死に方をしていたなんて、ついさっきまで知らなかったのだ。そして、美由紀が事実を知っていて、真実を知らないのが自分ひとりだけだったのもショックだった。きっと母親が、わざと知らせなかったのだろう。
「それにね。わたくしが今ここにこうして生きていることにすごく感謝しているの。だって、あの日、わたしと姉のどっちが事故にあっていても不思議じゃなかった。もしかしたらふたりとも事故にあっていたかもしれないわ。だから、わたしだけが生きているのはちゃんと意味があると思ってるの。だから、姉やあなたのお父さんのことは絶対に忘れないつもりよ」
伸治は泣きそうだった。もしも、美由紀と立場が逆だったら自分はどうしていただろうか?
美由紀の親が、自分の家族を事故で死なせてしまったと仮定して、果たして自分は美由紀に対してこんな接し方は出来ていただろうか?
伸治は美由紀に対する見方がまったく変わってしまっていた。
遠くから自分を呼びかける声に、伸治はグイっと肩をつかまれて引き戻される錯覚を起こした。すると目の前の光景が一変した。
雨降りの事故現場ではなく、ここはとっぷりと日の暮れた銀杏坂だった。さみしい坂道の中で、街灯の光がぽつんと灯っている。
「ちょっとどうしたの? 大丈夫? 目がうつろだよ?」
聞き覚えのある声に、伸治は振り返った。そこには委員長の石川美由紀がいた。伸治の顔を心配そうにのぞき込んでいる。
「オヤジの……」
伸治は何か言いたかったが、これだけ言うのが精一杯だった。
「ああ、そういえば今日は高橋君のお父さんの命日ね。それでこの場所に来てたのね。事故からずいぶんたつけど、まるでついこの間のようね。わたしあの日のことは今でもはっきり覚えているわ。雨降りの日だった……」
つぶやくような美由紀の言葉に、伸治は顔を上げた。そう、彼女は事故現場の一番近くにいたのだ。そして彼女の姉は……。
「お前のお姉さんは……」
「そうね、今日は姉の命日でもあるわ。もしかして、姉の分もお祈りしてくれてたの? ありがとうね。わたしも家帰ったら、お花供えようと思っていたところよ。今学校帰りだから」
そう言うと美由紀はカバンを持ち上げて伸治に見せた。
「もちろんあなたのお父さんの分もお花供えるつもりよ」
美由紀は屈託のない笑顔で言ってのけた。伸治にとってそのひとことはとてつもなく重く聞こえた。
「もしかして毎年俺のオヤジにも花を?」
「ええ、そうよ」
「だって、お前には関係ない……。オヤジは加害者なのに」
「関係あるわよ。確かに姉はあの日の事故で死んだけど、あなたのお父さんだって大変なことに……。それ以上にあなたのお母さんや、あなた自身だって大変だったでしょう? 事故で家族を亡くしたのもつらいけど、あんな亡くなりかたをする方がもっとつらいでしょう? だから、わたしよりも高橋君の方がえらいと思うわ。いつも明るくふるまっていて。だからわたしも高橋君を見習って、暗くならないでいようと決めたのよ」
伸治は首を振りたい気分だった。知らなかったのだ。父親があんな死に方をしていたなんて、ついさっきまで知らなかったのだ。そして、美由紀が事実を知っていて、真実を知らないのが自分ひとりだけだったのもショックだった。きっと母親が、わざと知らせなかったのだろう。
「それにね。わたくしが今ここにこうして生きていることにすごく感謝しているの。だって、あの日、わたしと姉のどっちが事故にあっていても不思議じゃなかった。もしかしたらふたりとも事故にあっていたかもしれないわ。だから、わたしだけが生きているのはちゃんと意味があると思ってるの。だから、姉やあなたのお父さんのことは絶対に忘れないつもりよ」
伸治は泣きそうだった。もしも、美由紀と立場が逆だったら自分はどうしていただろうか?
美由紀の親が、自分の家族を事故で死なせてしまったと仮定して、果たして自分は美由紀に対してこんな接し方は出来ていただろうか?
伸治は美由紀に対する見方がまったく変わってしまっていた。
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