マカゼタマハの世界
わたくし真風玉葉(マカゼタマハ)のオリジナル小説を掲載していきます。 左のカテゴリより作品を選んでお読みください。
| HOME |
世界のしくみ(5)
翌朝。カナコは学校を休み、パパと一緒に会社直行のバスに乗り、コンピューター会社へ向かった。
入り口で何重もの厳重なチェックの後、大きなビルの中へと入っていくと、社内でも特別な者しか乗れない専用のエレベーターにて上層階へと向かった。
もう一度厳重なチェックを行い、分厚い扉の中へ入っていくと、そこは会社というよりは何かの研究施設のようだった。背広を着たサラリーマンではなく、白衣の科学者風の人たちでいっぱいだったからだ。見ればいつの間にかパパも背広の上に白衣を羽織っている。
「カナコ。本当はねここは関係者以外は入れないのだけれど、今日は特別だ。色々お前に聞かなくてはいけないことがあるし、お前はちょっとこの世界に馴染めない体質みたいだから、それを改善しないとね。なになに、心配はいらないよ。痛くないから。まあ、そうはいっても帰る頃にはここでの記憶は無くなっているけれどね」
口調はいつのもやさしいパパのものだったが、なぜか言葉のひとつひとつが怖かった。
不意に研究室内の様子が慌しくなった。全台の内線電話が鳴り響き、所員全員走り回っている。
ひとりの所員がパパのところにやってきて耳打ちする。
「くそっ、こんな大事な時に」
いつものパパと違う、どす黒い声だった。
「カナコ。お前はちょっとここで待っていなさい。パパは急用が出来たからちょっと席を外すから。ここから動くんじゃないよ」
パパは所員と一緒にどこかへ行ってしまった。研究室内に取り残されたカナコはどうしていいか分からず、とりあえずそばのイスに座った。
「カナコ」
「わ」
不意に声をかけられてカナコはイスから落っこちそうになった。
「わたしよイクミよ。仲間も一緒にいるわ」
「びっくりさせないで」
「今大騒ぎになってるでしょ? 組織の人間がこのビルに総攻撃をかけてるの」
「そうなの? 何も見えないから分からないわ」
「コンピューターへ攻撃する班と、直接ビルに乗り込んで制圧する班に分かれているわ」
「じゃあパパは」
「カナコのパパはどうやらこの会社のえらいさんみたいね。うまい具合にどっかに行ってくれて助かるわ」
「そうなの」
カナコは少しパパに対して罪悪感を覚えた。この騒ぎはまるで自分が引き起こしたことのように感じていたからだ。
けれど、世界の真実のためであるのならば、これは避けられないことではないだろうか? いつかは誰かが行動を起こして、真実に向けて動いていたに違いない。それがたまたま自分が引き金だったに過ぎないのではないか。そうでも思わないと、カナコは不安で仕方がないのだった。
「カナコ。コンピュータールームに行くわよ。マザーコンピューターを破壊するの」
「分かったわ」
カナコは慌てふためく研究所員を尻目に、イクミたちの案内で所内を突っ切る。
ビル全体が緊急事態になっているためか、この場所に不釣合いな女の子がいても誰一人気に留めるものもなく、カナコはいともたやすくコンピュータールームに来ることが出来た。
部屋一杯を埋め尽くす大型コンピューターたちが整然と並び、床には極太のケーブルが足の踏み場もないほど伸びている。コンピューターたちが出す熱で、部屋はとても暑い。そして熱を逃がす換気扇の音が非常にやかましい。この劣悪な環境に並べられた大きな箱たちの中に、偽りの世界のデータたちが管理されているのだという。
コンピュータールームを通り抜け、その先の小部屋こそ、このマザーコンピューターに直接指令をだす端末が設置されていた。
組織の人の説明によれば、この偽りの世界を破壊するにはパスワードがかけてあり、真実の世界と偽りの世界の両方から同時にコンピューターをダウンさせる指示を出さないと命令が実行されないらしい。
「その命令文は。"カナコ"よ」
「え? わたしの名前?」
端末のキーボードにパスワードを入力しようとしたカナコは、一瞬手が止まった。
「待つんだカナコ!」
振り向くとコンピュータールームにパパがいた。
「この世界を壊してはいけない。それだけはやってはならない」
やさしいパパの表情は全く消えうせ、そこには鬼のような形相の男が立っていた。
「待ちなさい金山君」
組織のえらいさんである貫禄のある男の声が聞こえた。腹に響くような低音の特徴的な声だ。
「その声は平泉部長」
パパはうなるように言った。
カナコは目を見張った。パパにも声が聞こえるのだ。
「やはりあなたでしたか。平泉部長が組織のものに手ほどきをしたのですね。そうでなければコンピューターの防壁や、このビルの警備を破れるはずがない。半年前にあなたが失踪し、組織の活動が活発になったころから、会社はずっとあなたを疑っていた。しかし、わたしはあなたを信じていた。わたしはあなたに師事してこの会社で働いていたから」
パパはじっと目をつむり、昔を思い出すような顔をした。
「真実の代わりの代替世界を作り上げた時、デリートのコードをカナコにしようと決めたのもあなたでしたね。当時生まれたばかりだったカナコの誕生記念にと、あなたが選んでくれたものでした」
「金山君。わたしはもう世の中に対してうそをつきつづけるのに疲れたのだよ。どんなに困難でも、真実を受け入れてくれる人がいるのなら、その人たちに委ねたいと思ってわたしはこの組織に全てを話した」
「しかしこの世界を作る時に中心メンバーだったあなたは、言ったではないですか? 世界が破滅に向かう苦しみを味わうくらいならば、いっそのこと安楽死させてやりたいと。楽しく苦しみのない世界で死を迎えるならば本望だと、その理念でこれまでずっとやってきたではないですか。それなのに……」
「それは古い人間のおごりだったのだよ。新しい人はそれを望んではいなかった。こちらにいる組織の人間はみんな若い人たちばかりだ。彼ら全員わたしたちが作った意識操作が全く効かなかった人たちだよ。それがどういうことか分かるかね? 彼らはわたしたちが用意したゆりかごを拒否したということだ。彼らはいつまでも赤ん坊ではない。新しい人たちが真実の世界で生きてゆく決意をしたのならば、古い人間はその道をゆずるべきだと気がついたのだよ。たとえそれがいばらの道でもね。その第一歩となる偽りの世界の破壊を、カナコさんにやってもらうのはとても運命的なものだと思わないかね。カナコさんはまさに生まれながらに選ばれた人だったのだよ」
「しかし、それはごく少数の人間の話です。新しい人間といえど、今の世界に馴染んでいる人たちが圧倒的多数です。そんな彼らをたたき起こすようなことなどわたしにはできません」
「その圧倒的多数の人間は、各国機関が作る情報局に意識操作され、世の中になんの疑問を抱くことなく、己にふりかかった災難を知ることなく朽ちていくのだぞ?」
「意識操作するからこそ、彼らは何一つ苦しみを味わうことなく生きていけるのです。そして意識操作したことにより、従順になった彼らは犯罪というものをまったく犯しません。素晴らしいことじゃないですか? 人類は悪を排し、完全なる善になれたのです!」
「その情報局がやっていることは悪ではない、と言い切れるのかね?」
「大事なのは結果です。方法は問題ではありません」
「それは人類を統率する神にでもなった気分かね?」
いつ終わるとも知れない議論にカナコが割って入った。
「パパ!」
カナコの金切り声に驚いたパパはカナコを振り返った。
「わたしは真実が知りたい。それだけだよ。どんなに楽しくてもそれがうそならわたしは要らない。どんなに苦しくてもそれが真実なら受け入れる。それだけだよ」
「やめなさいカナコ。お前は真実の世界がどんなものか知らないからそんなことが言えるんだ。待ちなさい、待て、やめろ、やめてくれ!」
カナコがパスワードを入力すると、世界に亀裂が入った。
見えている光景にくもの巣のような細かいひびが入り、どんどん広がっていく。やがてひび同士がずれて、軋むような動きを見せたかと思うと、世界がくだけた。
バラバラの世界の破片がダイヤモンドダストのようにキラキラと光りながら、ゆっくりと舞い落ちてきた。全ての破片が地面にたたきつけられ、さらに散り散りに細かく砕け、キラキラと光る砂のように広がった。世界の破片たちはその場にとどまることなく、すぐに地面に吸い込まれていき、あっという間に消え去った。
あとに残ったのは、薄暗い空と、荒廃した地面と、顔色の悪い人々だった。大気汚染と環境汚染は深刻なまでにこの地球を汚し、人体にも深刻な悪影響を及ぼしていた。
壮麗な装飾を施された会社ビルは消えうせ、打ちっぱなしのコンクリートの寒々しい殺風景な部屋に、カナコを始め十数人が集まっている。広々した部屋には大きな鉄の箱が並んでいるが、どれもが沈黙しており、かつての桃源郷を映し出していた時の面影はない。
化石燃料の枯渇、食糧難、水不足、異常気象、伝染病……その他多くの困難が降りかかっていた。
十五年前、世界が現状を維持できなくなり、破滅に向かっていると分かった時、人類は自らの寿命を縮めた。残された希望を独り占めしたいがために、人は核兵器でもって外国を消し去ったのだ。
当初誰もその行為に疑問を持たなかったが、世界の半分以上の国が消失し、人口が十分の一にまで減って、ようやくこのままでは自滅してしまうと気づいた。
しかし気づくには遅すぎたようだ。人類はもはや修復不可能な傷を負ってしまい、滅亡の一途をたどるしかなかった。
そして同じ破滅するのであればなるべく苦しまずに破滅する方を選んだ人類は、偽りの世界を作り上げた……。
「もうおしまいだ」
カナコのパパがその場に倒れこんだ。
「築き上げた世界で人類は苦しむことなく死ねたのに、またあの苦しみを味わわなくてはいけないのか。ああ、もうおしまいだ」
求めていた真実を手に入れたカナコは、正直言うと当惑していた。
まさかこんな苦しみに満ちた世界が待ち受けているとは思ってもみなかったからだ。パパの言うことも分からなくもない。きっとママなら、こんな世界で生きていくくらいなら、まだ偽りの世界で安楽死したいと言いたいに違いない。
果たして、自分には偽りの世界を壊す資格があったのだろうか? そんな疑問も浮かんでくる。
けれど、どんなに楽しくてもうその世界なんていらない。どんなに苦しくてもそれが本物ならば受け入れる。それがカナコのうそ偽りのない気持ちだった。
「違うわパパ。今から始まるのよ。人はこの荒廃した地球で、新しい世界を作り上げるの。偽りの世界じゃなくて、ちゃんと痛みのある世界を。コンピューターなんかにご飯を作って届けてもらうんじゃなくって、自分の手でご飯を作るのよ。それがどんなにまずくたって」
真実の世界で活動していた組織の人々の中には、来るべき時に向けて、自給自足が出来るようにちょっとずつ畑を開墾していた。やせた土地を少しずつ。今はとても世界中の人の空腹を満たすことは出来ないけれど、みんなが力を合わせればやれないはずはない。カナコはそう信じていた。
入り口で何重もの厳重なチェックの後、大きなビルの中へと入っていくと、社内でも特別な者しか乗れない専用のエレベーターにて上層階へと向かった。
もう一度厳重なチェックを行い、分厚い扉の中へ入っていくと、そこは会社というよりは何かの研究施設のようだった。背広を着たサラリーマンではなく、白衣の科学者風の人たちでいっぱいだったからだ。見ればいつの間にかパパも背広の上に白衣を羽織っている。
「カナコ。本当はねここは関係者以外は入れないのだけれど、今日は特別だ。色々お前に聞かなくてはいけないことがあるし、お前はちょっとこの世界に馴染めない体質みたいだから、それを改善しないとね。なになに、心配はいらないよ。痛くないから。まあ、そうはいっても帰る頃にはここでの記憶は無くなっているけれどね」
口調はいつのもやさしいパパのものだったが、なぜか言葉のひとつひとつが怖かった。
不意に研究室内の様子が慌しくなった。全台の内線電話が鳴り響き、所員全員走り回っている。
ひとりの所員がパパのところにやってきて耳打ちする。
「くそっ、こんな大事な時に」
いつものパパと違う、どす黒い声だった。
「カナコ。お前はちょっとここで待っていなさい。パパは急用が出来たからちょっと席を外すから。ここから動くんじゃないよ」
パパは所員と一緒にどこかへ行ってしまった。研究室内に取り残されたカナコはどうしていいか分からず、とりあえずそばのイスに座った。
「カナコ」
「わ」
不意に声をかけられてカナコはイスから落っこちそうになった。
「わたしよイクミよ。仲間も一緒にいるわ」
「びっくりさせないで」
「今大騒ぎになってるでしょ? 組織の人間がこのビルに総攻撃をかけてるの」
「そうなの? 何も見えないから分からないわ」
「コンピューターへ攻撃する班と、直接ビルに乗り込んで制圧する班に分かれているわ」
「じゃあパパは」
「カナコのパパはどうやらこの会社のえらいさんみたいね。うまい具合にどっかに行ってくれて助かるわ」
「そうなの」
カナコは少しパパに対して罪悪感を覚えた。この騒ぎはまるで自分が引き起こしたことのように感じていたからだ。
けれど、世界の真実のためであるのならば、これは避けられないことではないだろうか? いつかは誰かが行動を起こして、真実に向けて動いていたに違いない。それがたまたま自分が引き金だったに過ぎないのではないか。そうでも思わないと、カナコは不安で仕方がないのだった。
「カナコ。コンピュータールームに行くわよ。マザーコンピューターを破壊するの」
「分かったわ」
カナコは慌てふためく研究所員を尻目に、イクミたちの案内で所内を突っ切る。
ビル全体が緊急事態になっているためか、この場所に不釣合いな女の子がいても誰一人気に留めるものもなく、カナコはいともたやすくコンピュータールームに来ることが出来た。
部屋一杯を埋め尽くす大型コンピューターたちが整然と並び、床には極太のケーブルが足の踏み場もないほど伸びている。コンピューターたちが出す熱で、部屋はとても暑い。そして熱を逃がす換気扇の音が非常にやかましい。この劣悪な環境に並べられた大きな箱たちの中に、偽りの世界のデータたちが管理されているのだという。
コンピュータールームを通り抜け、その先の小部屋こそ、このマザーコンピューターに直接指令をだす端末が設置されていた。
組織の人の説明によれば、この偽りの世界を破壊するにはパスワードがかけてあり、真実の世界と偽りの世界の両方から同時にコンピューターをダウンさせる指示を出さないと命令が実行されないらしい。
「その命令文は。"カナコ"よ」
「え? わたしの名前?」
端末のキーボードにパスワードを入力しようとしたカナコは、一瞬手が止まった。
「待つんだカナコ!」
振り向くとコンピュータールームにパパがいた。
「この世界を壊してはいけない。それだけはやってはならない」
やさしいパパの表情は全く消えうせ、そこには鬼のような形相の男が立っていた。
「待ちなさい金山君」
組織のえらいさんである貫禄のある男の声が聞こえた。腹に響くような低音の特徴的な声だ。
「その声は平泉部長」
パパはうなるように言った。
カナコは目を見張った。パパにも声が聞こえるのだ。
「やはりあなたでしたか。平泉部長が組織のものに手ほどきをしたのですね。そうでなければコンピューターの防壁や、このビルの警備を破れるはずがない。半年前にあなたが失踪し、組織の活動が活発になったころから、会社はずっとあなたを疑っていた。しかし、わたしはあなたを信じていた。わたしはあなたに師事してこの会社で働いていたから」
パパはじっと目をつむり、昔を思い出すような顔をした。
「真実の代わりの代替世界を作り上げた時、デリートのコードをカナコにしようと決めたのもあなたでしたね。当時生まれたばかりだったカナコの誕生記念にと、あなたが選んでくれたものでした」
「金山君。わたしはもう世の中に対してうそをつきつづけるのに疲れたのだよ。どんなに困難でも、真実を受け入れてくれる人がいるのなら、その人たちに委ねたいと思ってわたしはこの組織に全てを話した」
「しかしこの世界を作る時に中心メンバーだったあなたは、言ったではないですか? 世界が破滅に向かう苦しみを味わうくらいならば、いっそのこと安楽死させてやりたいと。楽しく苦しみのない世界で死を迎えるならば本望だと、その理念でこれまでずっとやってきたではないですか。それなのに……」
「それは古い人間のおごりだったのだよ。新しい人はそれを望んではいなかった。こちらにいる組織の人間はみんな若い人たちばかりだ。彼ら全員わたしたちが作った意識操作が全く効かなかった人たちだよ。それがどういうことか分かるかね? 彼らはわたしたちが用意したゆりかごを拒否したということだ。彼らはいつまでも赤ん坊ではない。新しい人たちが真実の世界で生きてゆく決意をしたのならば、古い人間はその道をゆずるべきだと気がついたのだよ。たとえそれがいばらの道でもね。その第一歩となる偽りの世界の破壊を、カナコさんにやってもらうのはとても運命的なものだと思わないかね。カナコさんはまさに生まれながらに選ばれた人だったのだよ」
「しかし、それはごく少数の人間の話です。新しい人間といえど、今の世界に馴染んでいる人たちが圧倒的多数です。そんな彼らをたたき起こすようなことなどわたしにはできません」
「その圧倒的多数の人間は、各国機関が作る情報局に意識操作され、世の中になんの疑問を抱くことなく、己にふりかかった災難を知ることなく朽ちていくのだぞ?」
「意識操作するからこそ、彼らは何一つ苦しみを味わうことなく生きていけるのです。そして意識操作したことにより、従順になった彼らは犯罪というものをまったく犯しません。素晴らしいことじゃないですか? 人類は悪を排し、完全なる善になれたのです!」
「その情報局がやっていることは悪ではない、と言い切れるのかね?」
「大事なのは結果です。方法は問題ではありません」
「それは人類を統率する神にでもなった気分かね?」
いつ終わるとも知れない議論にカナコが割って入った。
「パパ!」
カナコの金切り声に驚いたパパはカナコを振り返った。
「わたしは真実が知りたい。それだけだよ。どんなに楽しくてもそれがうそならわたしは要らない。どんなに苦しくてもそれが真実なら受け入れる。それだけだよ」
「やめなさいカナコ。お前は真実の世界がどんなものか知らないからそんなことが言えるんだ。待ちなさい、待て、やめろ、やめてくれ!」
カナコがパスワードを入力すると、世界に亀裂が入った。
見えている光景にくもの巣のような細かいひびが入り、どんどん広がっていく。やがてひび同士がずれて、軋むような動きを見せたかと思うと、世界がくだけた。
バラバラの世界の破片がダイヤモンドダストのようにキラキラと光りながら、ゆっくりと舞い落ちてきた。全ての破片が地面にたたきつけられ、さらに散り散りに細かく砕け、キラキラと光る砂のように広がった。世界の破片たちはその場にとどまることなく、すぐに地面に吸い込まれていき、あっという間に消え去った。
あとに残ったのは、薄暗い空と、荒廃した地面と、顔色の悪い人々だった。大気汚染と環境汚染は深刻なまでにこの地球を汚し、人体にも深刻な悪影響を及ぼしていた。
壮麗な装飾を施された会社ビルは消えうせ、打ちっぱなしのコンクリートの寒々しい殺風景な部屋に、カナコを始め十数人が集まっている。広々した部屋には大きな鉄の箱が並んでいるが、どれもが沈黙しており、かつての桃源郷を映し出していた時の面影はない。
化石燃料の枯渇、食糧難、水不足、異常気象、伝染病……その他多くの困難が降りかかっていた。
十五年前、世界が現状を維持できなくなり、破滅に向かっていると分かった時、人類は自らの寿命を縮めた。残された希望を独り占めしたいがために、人は核兵器でもって外国を消し去ったのだ。
当初誰もその行為に疑問を持たなかったが、世界の半分以上の国が消失し、人口が十分の一にまで減って、ようやくこのままでは自滅してしまうと気づいた。
しかし気づくには遅すぎたようだ。人類はもはや修復不可能な傷を負ってしまい、滅亡の一途をたどるしかなかった。
そして同じ破滅するのであればなるべく苦しまずに破滅する方を選んだ人類は、偽りの世界を作り上げた……。
「もうおしまいだ」
カナコのパパがその場に倒れこんだ。
「築き上げた世界で人類は苦しむことなく死ねたのに、またあの苦しみを味わわなくてはいけないのか。ああ、もうおしまいだ」
求めていた真実を手に入れたカナコは、正直言うと当惑していた。
まさかこんな苦しみに満ちた世界が待ち受けているとは思ってもみなかったからだ。パパの言うことも分からなくもない。きっとママなら、こんな世界で生きていくくらいなら、まだ偽りの世界で安楽死したいと言いたいに違いない。
果たして、自分には偽りの世界を壊す資格があったのだろうか? そんな疑問も浮かんでくる。
けれど、どんなに楽しくてもうその世界なんていらない。どんなに苦しくてもそれが本物ならば受け入れる。それがカナコのうそ偽りのない気持ちだった。
「違うわパパ。今から始まるのよ。人はこの荒廃した地球で、新しい世界を作り上げるの。偽りの世界じゃなくて、ちゃんと痛みのある世界を。コンピューターなんかにご飯を作って届けてもらうんじゃなくって、自分の手でご飯を作るのよ。それがどんなにまずくたって」
真実の世界で活動していた組織の人々の中には、来るべき時に向けて、自給自足が出来るようにちょっとずつ畑を開墾していた。やせた土地を少しずつ。今はとても世界中の人の空腹を満たすことは出来ないけれど、みんなが力を合わせればやれないはずはない。カナコはそう信じていた。
Comments
Comment Form
Trackback
| HOME |


