マカゼタマハの世界
わたくし真風玉葉(マカゼタマハ)のオリジナル小説を掲載していきます。 左のカテゴリより作品を選んでお読みください。
| HOME |
世界のしくみ(4)
カナコは自分の部屋でベッドに横たわり、自分を落ち着かせようとしていた。
ママにイクミやキョウコのことを話しても、ちっとも信じてもらえず話にならなかった。そもそも、ママもイクミやキョウコのことを知らないというのだから、問題外だった。
それよりも、いきなり実在しないクラスメイトのことを話しだす娘の心配をされてしまった。
熱があるのではないかとか、ノイローゼではないかとか、いらない心配をされては困るので、夕食後カナコは自分の部屋にこもることにした。そして今日あった出来事を整理しようとするのだが、ちっとも考えがまとまらないのだった。
家の前をバスが通り過ぎた。そして玄関の方で音がする。どうやらパパが帰ってきたらしい。ずいぶん遅い帰宅だ。
カナコは急にベッドから飛び起きた。
「パパに聞いてみよう」
カナコがリビングに駆け込むと、パパはまだネクタイも締めたままソファでくつろいでいた。ずいぶん疲れたような顔をしている。
「パパ、ちょっと話があるの」
「お、おいなんだい急に。またおねだりかい?」
カナコの真剣な表情に、パパは押され気味になった。
「カナコ急に変なこと言い出すんですよ」
キッチンでパパの夕食を温めているママが横から声を入れた。
「あのね、わたしのクラスで行方不明の子がふたりもいるの」
カナコがいきなり本題を切り出すと、パパの表情が変わった。
「それなのに、誰もそのことを気にしていない……ううん、行方不明になった子のことを知らない、なんて言うの。そう、まるでその子なんて最初からいなかった、みたいな。これってどういうこと?」
「それはカナコの夢ですよ。最近変な夢を見るって言ってるでしょ? その夢と現実がごちゃごちゃになってるんですよ」
ママが温めた夕飯をテーブルに並べ始めた。
「ママは黙ってて」
カナコがママを制すると、ママはまあとでも言いたげな顔をした。
「カナコ、いなくなったクラスメイトの名前はちゃんと覚えているかい? それと周りの人たちは、いなくなった子のことを本当に知らない、って言ってるんだね?」
「もちろん覚えているわ。イクミの机はちゃんと教室にあるもの。いなくなる前の日、どんなお話をしたかも覚えてる。キョウコは目の前でいなくなったわ。黒い穴の中に入っていった。でもクラスのみんなはなぜか知らないっていうの。イクミやキョウコのママでさえよ?」
パパはカナコの話を食い入るように聞いていた。
「カナコ、今ねそのことが問題になってるんだ」
「やっぱり!」
カナコはやっと自分の言ってることが通じる相手が見つかって、胸を締め付けるような苦しみからやっと解放された気分になった。
胸のつっかえが取れたカナコは急にここ最近感じている、自分と世間とのズレを語り始めた。誰にも相談できずに自分の中だけで苦しんでいたことをやっと話せる相手を見つけて、今ここで言っておかないとどうしても気がすまないのだった。
日々のニュースへの不信感や、世間と自分とのギャップをせきを切ったように語り始めた。
「パパの会社では今、行方不明者の捜索や、カナコのように社会と自分のズレを感じている人を調査するためのチームが結成されているんだよ。実を言うとパパはそこの室長を任されていてね、今日は色々忙しくてこんなに遅くなってしまったんだよ。カナコ詳しい話を聞きたいから、明日パパの会社に来てくれないかな。今日はもう遅いから、あしたゆっくり聞かせてくれないか。パパ今日はクタクタでね。そうだな……明日学校は休みなさい。パパが学校に言っておくから」
「え、パパの会社に? うんいいけど、学校終わってからじゃ駄目なの?」
「あ、いや色々と調査を……、いやちょっとでも早いほうがいいと思ってね。それにこれはとても大事なことなんだ」
「そうなの? うん分かった」
世界で自分ひとりだけだと思っていた孤独感から解放され、カナコはほっと安堵の息をつくことができた。
けれど疑問もひとつあった。
「でも……パパの会社ってコンピューターのお仕事なんでしょ? どうしてそこでいなくなった人のことを調べているの?」
「そ……それはね、パパの会社は実はいろいろなことをやっていてね。まあ、その、なんだ。警察では出来ないようなことを手がけているって言うのかな」
「ふうん、そうなの」
パパの歯切れの悪い返事に、カナコは首をかしげながらも納得して、そのままおやすみなさいと告げると自分の部屋に戻った。
カナコは夢にうなされていた。ここ数日いつもカナコを悩ませる誰かにささやきかけられる変な夢だ。
自分に何かを語りかける何者かの声は相変わらず何を言っているのか聞き取れない。あと少しで、聞き取れそうなのになぜか聞き取れない。なんとももどかしい。
そういえば、とカナコはこの声をどこかで聞いたような気がした。そうだ、昼間キョウコと一緒に公園に自分たちを導いた声だ。じゃあ、キョウコもこれと同じ声を聞いていたということなのだろうか?
カナコは目を覚ました。まだ辺りは真っ暗だ。
どうしてこんな夜中に目が覚めたのだろうと、時計を見ると一時だった。再び眠りにつくため布団をかぶる。
「カナコ」
思いがけず、暗がりから呼びかけられて、カナコは思わず呼吸を止めた。じっと部屋の中の気配をうかがう。
「カナコ。起きて」
カナコを呼ぶ声にどこか聞き覚えがあった。この声は確か。
「イクミ!?」
カナコは飛び起きた。電気をつけて、友人の姿を探したがどこにもなかった。空耳だったろうか?
「カナコ」
「え!?」
カナコは声のした方を振り返ったが、誰もいない。声はするのに姿は見えなかった。
「イクミなの? どこにいるの?」
「わたしはここにいるわ。ただ姿が見えないだけ」
声はするのに姿は見えない。カナコは友人の聞き覚えのある声に懐かしさを覚えながらも、どこかゾッとするものも感じていた。
「どういうこと? 姿が見えないって??」
「簡単に言えば、今わたしはカナコの目の前にいるけれど、カナコが見えていないだけなのよ」
その言葉にカナコは自分の前の方を手で探ってみたが、なにも手ごたえはなかった。
「どこにいるの? イクミ? というよりあなた生きているの?」
「大丈夫、生きてるよ。ただ、カナコがわたしを認識できていないだけなのよ。今カナコの手がわたしの顔をなでているけれど、あなたはなにも感じないでしょう?」
「わからないわ。でもどうして?」
「それは今カナコがそういう世界にいるからよ。わたしの声だけは、あなたは感じることが出来るけれど、それが精一杯。わたしの姿や感触までは感じることが出来ないわ」
「イクミにはわたしは見えているの?」
「もちろんよ。カナコの姿はよく見えているわ。今わたしはそういう世界……真実の世界にいるからよ」
「真実? それどういうこと」
「それは、カナコが偽りの世界にいるということよ」
偽り、と聞いてカナコは今立っている地面がぐらぐらと揺れるような錯覚を起こした。普通に何気なく過ごしている、この世界が偽り? 声だけの友人はいとも簡単に言ってのけた。
「偽りって、何が偽りなの?」
「全てよ」
カナコは気が遠くなりそうだった。今、カナコが見ているこの世界全てが偽りだというのか?
「カナコの住んでいる世界の人全て、意識操作されて真実を見えなくさせられているのよ」
「うそ」
「うそじゃないわ。本当の世界を隠して、作られた偽りの世界の中でカナコたちはいつまでもだまされ続けているのよ」
「どうしてそんなことする必要があるの? わたしたちをだまして何か得でもあるの?」
「得はないわ。ただ真実を隠しているだけ。本当の世界は、あなたが住んでいるような世界とは全く違うわ」
イクミはひと呼吸おいた。なにから話すべきか考えをまとめているかのようだ。
「カナコは、今地球上の人口がどれくらいいるか知ってる?」
「え? 百億くらいだっけ?」
確か社会の授業でそう聞いたような気がする。
「不正解。実際は十億にも満たないわ。それから毎日ニュース見てる? あれ見てなにか変だと思わなかった? ニュースの中には欧米諸国のものも含まれていたと思うけど、今欧米には人なんて住んでいないわ。あそこは核戦争でもう誰も住むことが出来なくなっているの。今人間が住める地域はアジアからインドにかけてのみよ。あとは戦争やテロ、環境汚染や自然災害で人が住めるような場所ではなくなったの。でも、それらの地域のニュースが毎日のように流れているでしょ? それは、今から何十年も昔のニュースを使いまわしているのよ。他のニュースもそう。全てうそのニュースよ。本当に起きた事件や出来事はほとんどが伏せられているの」
「わたしはニュースを見て、どこか違和感を覚えていたの。どこか他人事みたいというか。でもそれは自分とは遠い世界の出来事だからだと思っていたの。でも実際はそうじゃなかったってこと?」
「そのとおりよ。それはカナコに意識操作が完全には効いていなかったからよ。意識操作はテレビを通じて行われているの。人々がテレビを見ることで、そこに流れていることがらを鵜呑みにして信じてしまう。テレビの電波には、映像を映す役割ともうひとつ、人間の脳に幻覚を見せる役割もあるってわけ。だから、今カナコが見ている世界は、まさにテレビを見ているのと同じように、作り物の世界を見せられているの。それら全てをコンピューターが一括管理しているの。人類をだます一大ペテンの空想の世界を作り上げてね。ご飯がその代表格かしら? ご飯そのものはみんなが食べているけど、ホントはかなり粗末なものを食べさせられているわ。でも見た目や味を意識操作で変えて、いかにも豪華に仕立ててあるの」
今自分が見ているもの全てが作り物だと知ってカナコは恐ろしくなった。さっき食べた夕食もにせものだったとは。一体何を食べさせられていたのだろうか?
「でもね、カナコは完全には意識操作させられてはいないわ。だってまずわたしの声が聞こえるもの。普通に意識操作されている人なら、声も聞こえないわ。この世界に違和感を持ったりすることもなければ、居心地の悪さも感じないはず。意識操作されていれば、この世界に対して何の疑問も持たずおとなしく、犯罪を犯すこともなく従順な人間に仕立て上げられるわ」
イクミの言葉を聞いて、すぐさまママの顔が思い浮かんだ。あの人はまったくこの世界に対して疑いも何も持っていないだろう。
「イクミはどうだったの?」
「わたしも違和感を覚えていたひとりよ。カナコは以前のわたしをおぼえている? 姿を消す前のわたしはどこか変じゃなかった?」
そう言われてカナコはイクミが姿を消す前、世の中についての矛盾を言い続けていたような気がする。それはまさに今の自分と重なった。
「わたしやカナコみたいに、意識操作があまり効かない人が世の中には大勢いるの。わたしたちは、そういう人にメッセージを送り続けて、気がついてくれた人を仲間に引き入れているのよ」
「わたしたち?」
「そう。世界の真実を暴くために結成されている組織よ。この偽りの世界を壊して、人間本来の世界を取り戻すために活動しているの。とはいってもわたしもつい四日前に加わった新米だけどね。でも、昼間はキョウコを仲間に加えたし、今こうしてカナコともコンタクトを取れた。なかなか上出来じゃない? 実を言うとここ三日くらいずっとカナコの枕元に立って、声をかけ続けていたのよ」
どうやら毎晩見ていた夢は、夢なんかじゃなくて、イクミが必死にメッセージを送っていたものだったようだ。
「キョウコはイクミが連れて行ったのね。じゃあ今キョウコは真実の世界にいるの?」
「そうよ。今カナコがいる偽りの世界は全てコンピューターが管理している世界なの。だから、そこに不正アクセスしてわたしやキョウコのデータを抹消するの。そうすると、偽りの世界から存在がまったくなくなってしまうの。不思議でしょ。コンピューターが認知していない存在は、カナコたち偽りの世界の住人も認知できないの」
「ああ、それで……」
イクミやキョウコの存在がまるで最初からなかったかのような世間の反応が少し分かったような気がした。
「ねえ、イクミ。わたしもその組織に加わりたい。偽りの世界なんかじゃなくて、本当の世界が見たい」
「そう言うだろうと思ってた。ちゃんとあなたを加える準備は出来ているわ。でも……。少しあなたにやってもらいたいことがあるの」
「わたしに?」
「そう。組織の上の人が言うには、カナコじゃないと出来ないことらしいの。詳しいことは分からないけど、あなたのお父さんの勤めている会社が鍵らしいのよ」
「パパの……?」
「カナコのお父さんの勤めている会社はね、表向きはコンピューター会社となっているけれど、本当は偽りの世界を管理している情報局なの。全国民を意識操作するコンピューターを運営したり、偽りの世界に異常がないか保守を行ったり、意識操作が効かない人をチェックしているの。そしてわたしたちの組織も監視しているわ」
「そう……なの……。ね、ねえもしかして今このまわりにその組織の人がいるの?」
「いるわよ。十人くらい、組織のえらい人が集まっているわ」
「そんなに? 組織ってどれくらい人数がいるの?」
「さあわたしもよく分からないけれど、外国とかも合わせると何万という数じゃないかって今えらい人が言ってる。でもニュースでは行方不明のことなんてひとことも言わないでしょ。ところでカナコ明日お父さんの会社に行くんでしょ?」
「ええ、よく知ってるわね」
「ずっと話し聞いてたからね。それで明日そのお父さんの会社でやってもらいたいことがあるの。真実の世界を取り戻すための大事なことらしいよ。あ、今えらい人が直接話すって」
「カナコさんですね?」
「え、あ、ハイ」
急に貫禄のある男の人の声に変わって、カナコはついかしこまってしまった。
「偽りの世界を壊し、真実の世界を取り戻すには、あなたのお父さんの会社のマザーコンピューターをダウンさせるしか方法がないのです。マザーコンピューターへの攻撃はわたしたちからも可能ですが、防壁があるため破壊にはいたることが出来ません。しかし、わたしたちが攻撃をしてマザーコンピューターの注意をそらしている間に、あなたが偽りの世界の側から攻撃を加えれば破壊が可能です。要するにはさみうちです」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたしがこの世界を破壊するんですか?」
「はい。やっていただけますか?」
「そんな重要なこと、わたしに出来るとは思えません。それにコンピューターへの攻撃なんて、どうやっていいか分からないし」
「それは大丈夫、明日あなたにわたしどもの人間が指示を出します。カナコさんは言われた通りにしていればいいのです。難しいのは破壊することではなくて、会社の中に入ることなのです。警備が厳重で、部外者は一切入れない。だけれど、明日あなたはお父さんと一緒に会社の中に入る。恐らくカナコさんはそこで、わたしたちの組織と接触があるかどうかを聞かれるでしょう。カナコさんを通じてわたしたちを調べようとしているはずです。でもわたしたちは逆にこのチャンスをぜひ生かしたいのです」
「そう、なんです、か」
カナコはすごく不安になった。
「すごいじゃないカナコ。責任重大だね」
軽く無責任に言うイクミが恨めしかった。
ママにイクミやキョウコのことを話しても、ちっとも信じてもらえず話にならなかった。そもそも、ママもイクミやキョウコのことを知らないというのだから、問題外だった。
それよりも、いきなり実在しないクラスメイトのことを話しだす娘の心配をされてしまった。
熱があるのではないかとか、ノイローゼではないかとか、いらない心配をされては困るので、夕食後カナコは自分の部屋にこもることにした。そして今日あった出来事を整理しようとするのだが、ちっとも考えがまとまらないのだった。
家の前をバスが通り過ぎた。そして玄関の方で音がする。どうやらパパが帰ってきたらしい。ずいぶん遅い帰宅だ。
カナコは急にベッドから飛び起きた。
「パパに聞いてみよう」
カナコがリビングに駆け込むと、パパはまだネクタイも締めたままソファでくつろいでいた。ずいぶん疲れたような顔をしている。
「パパ、ちょっと話があるの」
「お、おいなんだい急に。またおねだりかい?」
カナコの真剣な表情に、パパは押され気味になった。
「カナコ急に変なこと言い出すんですよ」
キッチンでパパの夕食を温めているママが横から声を入れた。
「あのね、わたしのクラスで行方不明の子がふたりもいるの」
カナコがいきなり本題を切り出すと、パパの表情が変わった。
「それなのに、誰もそのことを気にしていない……ううん、行方不明になった子のことを知らない、なんて言うの。そう、まるでその子なんて最初からいなかった、みたいな。これってどういうこと?」
「それはカナコの夢ですよ。最近変な夢を見るって言ってるでしょ? その夢と現実がごちゃごちゃになってるんですよ」
ママが温めた夕飯をテーブルに並べ始めた。
「ママは黙ってて」
カナコがママを制すると、ママはまあとでも言いたげな顔をした。
「カナコ、いなくなったクラスメイトの名前はちゃんと覚えているかい? それと周りの人たちは、いなくなった子のことを本当に知らない、って言ってるんだね?」
「もちろん覚えているわ。イクミの机はちゃんと教室にあるもの。いなくなる前の日、どんなお話をしたかも覚えてる。キョウコは目の前でいなくなったわ。黒い穴の中に入っていった。でもクラスのみんなはなぜか知らないっていうの。イクミやキョウコのママでさえよ?」
パパはカナコの話を食い入るように聞いていた。
「カナコ、今ねそのことが問題になってるんだ」
「やっぱり!」
カナコはやっと自分の言ってることが通じる相手が見つかって、胸を締め付けるような苦しみからやっと解放された気分になった。
胸のつっかえが取れたカナコは急にここ最近感じている、自分と世間とのズレを語り始めた。誰にも相談できずに自分の中だけで苦しんでいたことをやっと話せる相手を見つけて、今ここで言っておかないとどうしても気がすまないのだった。
日々のニュースへの不信感や、世間と自分とのギャップをせきを切ったように語り始めた。
「パパの会社では今、行方不明者の捜索や、カナコのように社会と自分のズレを感じている人を調査するためのチームが結成されているんだよ。実を言うとパパはそこの室長を任されていてね、今日は色々忙しくてこんなに遅くなってしまったんだよ。カナコ詳しい話を聞きたいから、明日パパの会社に来てくれないかな。今日はもう遅いから、あしたゆっくり聞かせてくれないか。パパ今日はクタクタでね。そうだな……明日学校は休みなさい。パパが学校に言っておくから」
「え、パパの会社に? うんいいけど、学校終わってからじゃ駄目なの?」
「あ、いや色々と調査を……、いやちょっとでも早いほうがいいと思ってね。それにこれはとても大事なことなんだ」
「そうなの? うん分かった」
世界で自分ひとりだけだと思っていた孤独感から解放され、カナコはほっと安堵の息をつくことができた。
けれど疑問もひとつあった。
「でも……パパの会社ってコンピューターのお仕事なんでしょ? どうしてそこでいなくなった人のことを調べているの?」
「そ……それはね、パパの会社は実はいろいろなことをやっていてね。まあ、その、なんだ。警察では出来ないようなことを手がけているって言うのかな」
「ふうん、そうなの」
パパの歯切れの悪い返事に、カナコは首をかしげながらも納得して、そのままおやすみなさいと告げると自分の部屋に戻った。
カナコは夢にうなされていた。ここ数日いつもカナコを悩ませる誰かにささやきかけられる変な夢だ。
自分に何かを語りかける何者かの声は相変わらず何を言っているのか聞き取れない。あと少しで、聞き取れそうなのになぜか聞き取れない。なんとももどかしい。
そういえば、とカナコはこの声をどこかで聞いたような気がした。そうだ、昼間キョウコと一緒に公園に自分たちを導いた声だ。じゃあ、キョウコもこれと同じ声を聞いていたということなのだろうか?
カナコは目を覚ました。まだ辺りは真っ暗だ。
どうしてこんな夜中に目が覚めたのだろうと、時計を見ると一時だった。再び眠りにつくため布団をかぶる。
「カナコ」
思いがけず、暗がりから呼びかけられて、カナコは思わず呼吸を止めた。じっと部屋の中の気配をうかがう。
「カナコ。起きて」
カナコを呼ぶ声にどこか聞き覚えがあった。この声は確か。
「イクミ!?」
カナコは飛び起きた。電気をつけて、友人の姿を探したがどこにもなかった。空耳だったろうか?
「カナコ」
「え!?」
カナコは声のした方を振り返ったが、誰もいない。声はするのに姿は見えなかった。
「イクミなの? どこにいるの?」
「わたしはここにいるわ。ただ姿が見えないだけ」
声はするのに姿は見えない。カナコは友人の聞き覚えのある声に懐かしさを覚えながらも、どこかゾッとするものも感じていた。
「どういうこと? 姿が見えないって??」
「簡単に言えば、今わたしはカナコの目の前にいるけれど、カナコが見えていないだけなのよ」
その言葉にカナコは自分の前の方を手で探ってみたが、なにも手ごたえはなかった。
「どこにいるの? イクミ? というよりあなた生きているの?」
「大丈夫、生きてるよ。ただ、カナコがわたしを認識できていないだけなのよ。今カナコの手がわたしの顔をなでているけれど、あなたはなにも感じないでしょう?」
「わからないわ。でもどうして?」
「それは今カナコがそういう世界にいるからよ。わたしの声だけは、あなたは感じることが出来るけれど、それが精一杯。わたしの姿や感触までは感じることが出来ないわ」
「イクミにはわたしは見えているの?」
「もちろんよ。カナコの姿はよく見えているわ。今わたしはそういう世界……真実の世界にいるからよ」
「真実? それどういうこと」
「それは、カナコが偽りの世界にいるということよ」
偽り、と聞いてカナコは今立っている地面がぐらぐらと揺れるような錯覚を起こした。普通に何気なく過ごしている、この世界が偽り? 声だけの友人はいとも簡単に言ってのけた。
「偽りって、何が偽りなの?」
「全てよ」
カナコは気が遠くなりそうだった。今、カナコが見ているこの世界全てが偽りだというのか?
「カナコの住んでいる世界の人全て、意識操作されて真実を見えなくさせられているのよ」
「うそ」
「うそじゃないわ。本当の世界を隠して、作られた偽りの世界の中でカナコたちはいつまでもだまされ続けているのよ」
「どうしてそんなことする必要があるの? わたしたちをだまして何か得でもあるの?」
「得はないわ。ただ真実を隠しているだけ。本当の世界は、あなたが住んでいるような世界とは全く違うわ」
イクミはひと呼吸おいた。なにから話すべきか考えをまとめているかのようだ。
「カナコは、今地球上の人口がどれくらいいるか知ってる?」
「え? 百億くらいだっけ?」
確か社会の授業でそう聞いたような気がする。
「不正解。実際は十億にも満たないわ。それから毎日ニュース見てる? あれ見てなにか変だと思わなかった? ニュースの中には欧米諸国のものも含まれていたと思うけど、今欧米には人なんて住んでいないわ。あそこは核戦争でもう誰も住むことが出来なくなっているの。今人間が住める地域はアジアからインドにかけてのみよ。あとは戦争やテロ、環境汚染や自然災害で人が住めるような場所ではなくなったの。でも、それらの地域のニュースが毎日のように流れているでしょ? それは、今から何十年も昔のニュースを使いまわしているのよ。他のニュースもそう。全てうそのニュースよ。本当に起きた事件や出来事はほとんどが伏せられているの」
「わたしはニュースを見て、どこか違和感を覚えていたの。どこか他人事みたいというか。でもそれは自分とは遠い世界の出来事だからだと思っていたの。でも実際はそうじゃなかったってこと?」
「そのとおりよ。それはカナコに意識操作が完全には効いていなかったからよ。意識操作はテレビを通じて行われているの。人々がテレビを見ることで、そこに流れていることがらを鵜呑みにして信じてしまう。テレビの電波には、映像を映す役割ともうひとつ、人間の脳に幻覚を見せる役割もあるってわけ。だから、今カナコが見ている世界は、まさにテレビを見ているのと同じように、作り物の世界を見せられているの。それら全てをコンピューターが一括管理しているの。人類をだます一大ペテンの空想の世界を作り上げてね。ご飯がその代表格かしら? ご飯そのものはみんなが食べているけど、ホントはかなり粗末なものを食べさせられているわ。でも見た目や味を意識操作で変えて、いかにも豪華に仕立ててあるの」
今自分が見ているもの全てが作り物だと知ってカナコは恐ろしくなった。さっき食べた夕食もにせものだったとは。一体何を食べさせられていたのだろうか?
「でもね、カナコは完全には意識操作させられてはいないわ。だってまずわたしの声が聞こえるもの。普通に意識操作されている人なら、声も聞こえないわ。この世界に違和感を持ったりすることもなければ、居心地の悪さも感じないはず。意識操作されていれば、この世界に対して何の疑問も持たずおとなしく、犯罪を犯すこともなく従順な人間に仕立て上げられるわ」
イクミの言葉を聞いて、すぐさまママの顔が思い浮かんだ。あの人はまったくこの世界に対して疑いも何も持っていないだろう。
「イクミはどうだったの?」
「わたしも違和感を覚えていたひとりよ。カナコは以前のわたしをおぼえている? 姿を消す前のわたしはどこか変じゃなかった?」
そう言われてカナコはイクミが姿を消す前、世の中についての矛盾を言い続けていたような気がする。それはまさに今の自分と重なった。
「わたしやカナコみたいに、意識操作があまり効かない人が世の中には大勢いるの。わたしたちは、そういう人にメッセージを送り続けて、気がついてくれた人を仲間に引き入れているのよ」
「わたしたち?」
「そう。世界の真実を暴くために結成されている組織よ。この偽りの世界を壊して、人間本来の世界を取り戻すために活動しているの。とはいってもわたしもつい四日前に加わった新米だけどね。でも、昼間はキョウコを仲間に加えたし、今こうしてカナコともコンタクトを取れた。なかなか上出来じゃない? 実を言うとここ三日くらいずっとカナコの枕元に立って、声をかけ続けていたのよ」
どうやら毎晩見ていた夢は、夢なんかじゃなくて、イクミが必死にメッセージを送っていたものだったようだ。
「キョウコはイクミが連れて行ったのね。じゃあ今キョウコは真実の世界にいるの?」
「そうよ。今カナコがいる偽りの世界は全てコンピューターが管理している世界なの。だから、そこに不正アクセスしてわたしやキョウコのデータを抹消するの。そうすると、偽りの世界から存在がまったくなくなってしまうの。不思議でしょ。コンピューターが認知していない存在は、カナコたち偽りの世界の住人も認知できないの」
「ああ、それで……」
イクミやキョウコの存在がまるで最初からなかったかのような世間の反応が少し分かったような気がした。
「ねえ、イクミ。わたしもその組織に加わりたい。偽りの世界なんかじゃなくて、本当の世界が見たい」
「そう言うだろうと思ってた。ちゃんとあなたを加える準備は出来ているわ。でも……。少しあなたにやってもらいたいことがあるの」
「わたしに?」
「そう。組織の上の人が言うには、カナコじゃないと出来ないことらしいの。詳しいことは分からないけど、あなたのお父さんの勤めている会社が鍵らしいのよ」
「パパの……?」
「カナコのお父さんの勤めている会社はね、表向きはコンピューター会社となっているけれど、本当は偽りの世界を管理している情報局なの。全国民を意識操作するコンピューターを運営したり、偽りの世界に異常がないか保守を行ったり、意識操作が効かない人をチェックしているの。そしてわたしたちの組織も監視しているわ」
「そう……なの……。ね、ねえもしかして今このまわりにその組織の人がいるの?」
「いるわよ。十人くらい、組織のえらい人が集まっているわ」
「そんなに? 組織ってどれくらい人数がいるの?」
「さあわたしもよく分からないけれど、外国とかも合わせると何万という数じゃないかって今えらい人が言ってる。でもニュースでは行方不明のことなんてひとことも言わないでしょ。ところでカナコ明日お父さんの会社に行くんでしょ?」
「ええ、よく知ってるわね」
「ずっと話し聞いてたからね。それで明日そのお父さんの会社でやってもらいたいことがあるの。真実の世界を取り戻すための大事なことらしいよ。あ、今えらい人が直接話すって」
「カナコさんですね?」
「え、あ、ハイ」
急に貫禄のある男の人の声に変わって、カナコはついかしこまってしまった。
「偽りの世界を壊し、真実の世界を取り戻すには、あなたのお父さんの会社のマザーコンピューターをダウンさせるしか方法がないのです。マザーコンピューターへの攻撃はわたしたちからも可能ですが、防壁があるため破壊にはいたることが出来ません。しかし、わたしたちが攻撃をしてマザーコンピューターの注意をそらしている間に、あなたが偽りの世界の側から攻撃を加えれば破壊が可能です。要するにはさみうちです」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたしがこの世界を破壊するんですか?」
「はい。やっていただけますか?」
「そんな重要なこと、わたしに出来るとは思えません。それにコンピューターへの攻撃なんて、どうやっていいか分からないし」
「それは大丈夫、明日あなたにわたしどもの人間が指示を出します。カナコさんは言われた通りにしていればいいのです。難しいのは破壊することではなくて、会社の中に入ることなのです。警備が厳重で、部外者は一切入れない。だけれど、明日あなたはお父さんと一緒に会社の中に入る。恐らくカナコさんはそこで、わたしたちの組織と接触があるかどうかを聞かれるでしょう。カナコさんを通じてわたしたちを調べようとしているはずです。でもわたしたちは逆にこのチャンスをぜひ生かしたいのです」
「そう、なんです、か」
カナコはすごく不安になった。
「すごいじゃないカナコ。責任重大だね」
軽く無責任に言うイクミが恨めしかった。
<<世界のしくみ(5) | ホーム | 世界のしくみ(3)>>
Comments
Comment Form
Trackback
| HOME |


